乙女の破滅

古川:女社畜(25)趣味はアイドル ハロプロとJが大好きです

アンジュルムによせて

 長らく応援してきたスマイレージが、ひとつの区切りを迎えた。

 名前を変えての再始動、というと聞こえはいいけれど、つまるところそれは“変化”であり、私が愛してきた彼女たちのこれまでを“否定”していることは明白だった。

 受け入れがたい気持ちだった。新メンバーの投入は誰がどうみても“起爆剤”の意味を持っていた。6人時代のこれまでが、まるでシケた導火線だと言わんばかりに。

 

 改名と増員。

 もちろん新しく加入した3人の少女たちがどうこうという話ではない。彼女たちがどうして選ばれたのか。それは、彼女たちのパフォーマンスを見れば、瞬時に理解できることだった。

 若手=フレッシュ、という図式があるが、あまりに立ち込める素人臭は、お金をはらってまで見るものではないし、時間を費やしてまで愛でるものではないと私は思っている。素人とは一線を画した選ばれし新人こそ、愛される対象、すなわちアイドルにふさわしい。
 新しく加入した3人がそういった“アイドル”の端くれであることは、改名・増員後初となるシングル「大器晩成」が始まって、ものの数秒で理解できた。少なくとも、私がこれまで愛してきた6人時代のスタートよりよっぽど完成されたスタートだった。ただ、だからこそ紆余曲折を経て、やっとここまでたどり着いた彼女たちを否定するような真似だけは絶対に許せなかった。誰も否定などしていないのは頭では理解していたけれど、このままで良かったのであれば、大人はそんな無駄なことはしない生き物なのだから。

 きらきらと輝くPVを見ながらこみ上げた感情に名前をつけるとしたら、と、ここまで打ち込んで、そういった言葉をまったく持ち合わせていない、貧しい自分の語彙に思わず指がとまる。

 悔しい、というのが、一番近いのかもしれない。だって、人が増えたって増えなくたって、6人時代の魅力がそこにはあったのだから。ど根性と各々の我の強さを年相応の愛嬌で隠したスマイレージのパフォーマンスが、私はずっとずっと大好きだったし、それこそが少女という未熟な存在をあえて追いかける意味だと思っている。そして、大器晩成のPVには、考えすぎかもしれないがそんな少女たちの魅力が存分に現れていたように思う。誰がどう考えたってただ浮かれて芸能活動に勤しむ少女なんかいるもんか。葛藤、それを覆い隠すために誂えたアイドルスマイル。未熟な分、ドキドキもハラハラもさせられるけれど、私は生まれて23年間、これ以上夢中になって応援できる存在をほかに知らない。だからこそ、私は確かに悔しかった。そう、悔しかったのだ。

 

 話は変わるが、統一感のなさ、というと彼女たちの大先輩であるベリーズ工房がまず先陣を切るけれど、思えばハロプロの少女たちってベースが基本そうなのかもしれない。


 エースになりたい、という思いは多かれ少なかれ所属する全員が持ち合わせているんだろうけど、個人単位で見てみると、その頭の中で描かれている“理想のエース像”が10人いたら10人分まったく別の姿をしているんだろうなってのが、ハロの女の子たちの特徴。
 統一感もなければ、目指す先もまったく違うのに、他事務所のアイドルたちに譲ってしまったアイドル界トップの座を奪取しなきゃ、売れなきゃって、スポ根のごとく連帯感むきだしにして、ドサ回りに勤しむハロの少女たち。残念だけれど、それがハロの現実で、皮肉だけれど少女たちを取り囲む環境としてはこのうえなく魅力的な世界設定なんだと考える。フィクションであるアニメと比較するのもおかしな話だが、かの「まど☆マギ」があれほど世を圧巻したのも、登場する少女たちを取り囲む環境がことごとく逆境だったからなんだろう。
 アンジュルムだけに言えたことではないが、だからハロプロって基本的に中学時代の女子運動部を彷彿とさせるんだろうなって最近の気づき。それも伝統ある強豪校ではなく、公立の、ちょっと力のある地元の子ばかりが集う地区大会~県大会レベルの。全国大会に行きたいのであれば、なりふり構わずすべてを捨てて、それだけを選択する必要があるとわかっているのに、彼女たちはそれでも「どうにか」を信じて、今ここにいる。始まったばかりの彼女たちにこんな言葉はよくないんだろうけど、少なくとも全国大会行きをかけた予選の回数も、もう片手で数えられる程度だ。学年でいうと2年生終盤。代変わりの興奮もすぎ、闇雲に頑張れた時期が終わると同時に、後輩の1年生たちのなかにもチラホラレギュラーに入る子が出てきて、外にも中にもそこはかとなく絶望が漂う時期の。そんな公立中学の女子部活。
 等身大ではないけれど、どこか自分の学生時代とリンクする、共感させる彼女たちのストーリー性は、ここから来ているんだと思う。うっかりすると自分のレギュラーの座さえ奪われるから、完全に信じあってはいないけれど、それでも確かに認め合ってはいる。そんなバチバチ感やヒリヒリ感を感じさせる彼女たちのパフォーマンスを私はこれからもずっとずっと大好きだろうと思います。
 さっきは6人時代が否定されたみたいで悔しい、って書いたけれど、歌詞を覚える頃には、人が増えた分生まれるであろう彼女たちのストーリーに期待せざるを得ませんでした。有無を言わさぬ出来の良さであればあるほど、それはなおさらでした。

 折りしも武道館という全国大会の切符も手に入れた彼女たちがこれからどう動いていくのか。彼女たちのストーリーに乙女の逆襲というタイトルがふさわしいものであることを願い、今日はここで筆をおくことにする。